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1945年8月、日本機の雷撃を受け排水作業中の戦艦ペンシルベニア 海外の反応

1945年8月、日本機の雷撃を受け排水作業中の戦艦ペンシルベニア 海外の反応1

ペンシルベニア (戦艦)

サイパン島で補給を行った後、8月12日に中城湾に到着し、戦艦テネシー (USS Tennessee, BB-43) の隣の、これまで軽巡洋艦モントピリア (USS Montpelier, CL-57) が停泊していた錨地に停泊した[11]。その日の夜、鹿児島県の串良基地から第五航空艦隊指揮下の第931海軍航空隊・攻撃第251飛行隊所属の艦上攻撃機天山4機が夜間雷撃隊として発進し、中城湾に向かった。21時30分ごろ、中城湾に艦船に空襲警報が発令され、全艦戦闘配置に就いた[11]。22時10分に警報は解除になったが、悪いことにペンシルベニアの艦尾に魚雷1本が命中し、ペンシルベニアは9.1メートルの大穴が開いた。命中箇所は弾薬庫付近だったが、誘爆しなかったのが不幸中の幸いだった[11]。それでも20名が戦死し、10名が負傷。10名の中にはオルデンドルフ中将や艦長も含まれており[12]、オルデンドルフ中将は肋骨を何本か折る怪我をした。

攻撃した天山は無事に串良基地に帰還し、「戦艦らしい一隻に火柱があがるのを認めた」と報告した[13]。結果的に、これが日本の航空部隊が艦船攻撃であげた最後の戦果となったが[14]、これまで火柱や水柱があがった報告が届けば「轟沈、撃沈」と大本営発表などで騒いでいたのがウソのように[15]、第五航空艦隊はこの報告を信じることはなかった[13]。


(海外の反応をまとめました)





■ 彼女は生き残ったの?

■ うん、戦争を生き延びてビキニで核実験に使われた。放射線の長期にわたる影響の研究の後クェゼリン環礁で沈められた。

■ この攻撃は大丈夫だった。クロスロード作戦の放射線研究の後、1948年に沈んだ。

■ 艦齢と戦争が終わったことを考え、彼女は完全には修理されなかった。その代りクロスロード作戦のテストに有用な艦形に変えられた。修理は限定的だった。




■ 4番砲塔の砲身にホースを通してるように見えるんだけど?とにかくすごい写真だね。

■ そう見えるね。一発の魚雷が艦尾に命中し、30フィートの穴が開いて、大量の水が入って20名の水兵が死に、多数が負傷した。多数のポンプとホースを使って排水した。これが最高のダメージコントロール法だったんじゃないかな。アメリカ海軍には公式の損害報告があると思うよ。時間があったら調べてみる。

■ これは賢明な方法だよ。砲塔は船の深いところまで届ているから。一番深いところから排水できたはずだ。




■ ワオ、普通の時と比べるとかなり海面に近づいているな。先週両親のところに行ったとき、そこから30分のところに展示してある彼女の大砲を見ることができればよかったが。



■ この魚雷攻撃によるダメージの他の画像を探してたけどなかった。ちょっと前方からの画像は見つかったけど…。
1945年8月、日本機の雷撃を受け排水作業中の戦艦ペンシルベニア 海外の反応2




■ 船は人生を例えるのには最高だ。海底に沈んだからといって、再浮上できないわけじゃない。

■ 船が海底に沈んだら再浮上は無理。

■ その気になればいくらでも引き上げることはできるさ。1970年代には5キロの深さから潜水艦の一部を引き上げている。




■ 1945年の春の日本にアメリカの防衛を突破して魚雷攻撃をし、護衛もなしに離脱できるスキルを持った者がいたことが驚きだ。

■ これは1945年8月12日だよ。広島原爆の6日後だ。それを考えると魚雷の攻撃範囲に入ることがよりすごい業績になると思う。パイロットは魚雷を投下した後離脱はしてないんじゃないだろうか。命を顧みることはなかっただろうし。




■ この排水作業の他の画像欲しい?たぶん一枚は持ってたと思う。

■ こういうの好きだからお願いします。




■ カテーテル(細い管)を体に入れるのは気持ち悪いよね。



■ 考えてみると、第2次大戦のアメリカ戦艦で海上で沈められたものが思い浮かばないな。ダメージコントロールの訓練が良かったのと、運が良かったのだろう。



■ 砲身を通ってるホースが興味深い。



■ 美しい写真だ。


ソース123
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[ 2016/01/18 10:12 ] 日本 | TB(0) | CM(0)
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